こどもたちの日常と母のひとりごと。息子は軽度アスペルガー。

3月11日

3月11日。

お迎え時にコムギが何の前触れもなく「地震あんまり揺れへんかったな」と言ったので
「今日地震あったっけ?」と思って「は?え?いつ?気付かんかったわ」と言ったら
「違う。コムギが1歳の時!」と返され、東日本大震災の事だと気付きました。

子供は主語を言わないから話がわかりづらい。
てか、今日の出来事みたいな話し方をしないでくださいな。

コムギはまるで当時の記憶があるかのような言い方をしてたけど
これは前に私が話した内容の受け売りであって本人に記憶はありません…

 
東日本大震災の時はコムギが1歳半、
ユッチは私のお腹の中にいました。

ゆったりと専業主婦生活を満喫してた当時と違って
今は気持ちや時間に余裕がなく日付や曜日が曖昧なまま過ごしてるので
3月11日だという意識すらなかったけど
朝から震災に関する特集が多いとは思ってました。

その時点で気付けよ、って感じですが。

 
バタバタと用意をしながらもテレビに耳を傾けてたら
当時6歳だった子を失った親御さんが話をしてて
一度も使われる事がないまま5年が経ったランドセルが映し出された瞬間
何とも言えない気持ちになってベランダに避難。

そうか、今のコムギと同じ年の子を失くしたんだな…
親子共に小学校入学を楽しみにしてただろうに。
いろいろ準備もしてただろうに。

我が子と重なって言葉が出ない。

でもどんな気持ちになろうがテレビから簡単に目を背けれる私とは違って
子供を失くした親御さんは一生その悲しみから逃れられないんですよね。

想像はするけど、経験しない限りわからない感情だと思うし
これ以上に悲しい出来事なんてないと思う。
ワケがわからないほどに気が狂ってしまったほうがラクだと思う現実ですよね。

 
ある日突然朝送り出したまま二度と会えなくなるってやっぱり怖い。
遺体が見つかってないという話も心が痛みます。

本人は死んじゃってて何も感じないのかもしれないけど
「寒くないかな?」「1人で寂しくないかな?」
という居たたまれないい気持ちになると思うし
骨でも何でもいいから見つけ出して抱きしめて「おかえり」って言いたくなると思う…
 

自然災害に限らず事故なんかでも言える事だけど
突然会えなくなる事は誰にでも起こりうる事なので
1日1日ちゃんと向き合って生きていけるようにがんばろうと改めて思った日でした。

被災された方に対して軽い言葉は言えないけど
いつか穏やかな気持ちで過ごせる日がきてほしいと心から思います。

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